戦う道具

急ぎでノートパソコンを探す。

中国出荷のLenovoは納期で間に合わないと思ったら、、
X1-Carbonは国内出荷なので土俵に上がれた。
ThinkPadでもX1だけです。
他のThinkPadは全て中国出荷なので短納期は無理。
 ・
特別に要求が厳しいわけではない。
OSはWin10-Pro64bit
CPUはi7(8Gen)
メモリーは16GB(8GB以上)
SSDは512GB(出来ればM.2)以上
液晶はフルHD光沢無しタッチ不要
液晶サイズは13インチ以上
重量は1.5kg程度
たったこれだけの仕様要求なのに、
残ったのはX1とパナソニック。

<補足ここから>
意味がわからないほど高価な製品はあるが、
買う気になれないという品もある。
パナソニックの法人向けは良いが、とても高い。
<補足ここまで>

真面目な話、
NEC(HP)、シャープ(東芝)、Sony(VAIO)、富士通、
この仕様でどこも土俵に上がってこない。
何処に向かって製品を作っているのだろうか?と思う状況。

家電売り場のパソコンなんて、デザイン家電(白物)。
目的の為の「道具」という本来の姿に戻って欲しいところ。

| | コメント (0)

定年退職

定年退職とか、
早期退職とか、
色々な話が身近になってきた年齢なのですが、
一刻も早く退職金もらって辞めたいと言う人もいます。

私は、仕事が出来る間は、
自分のペースで仕事を続けたい。

例えば身内の介護とか、
色々な問題で退職する事になるかもしれない。
なるかもしれないので、
出来る間は仕事をしたいと思っている。

真面目な話、
そんなに嫌な仕事なら辞めちゃえば、と思う。
同僚に迷惑をかけているだけ。
嫌々やる仕事で、良い成果は出せません。

良く言われる話で、
好きな仕事と、
出来る仕事は違う。
しかし、
出来る仕事は好きになるはずです。
好きになれない仕事は、成果を出せていないだけ(本当)

と、格好良い事を言うが、
現実は退職金が無い商売なので、働き続ける事が生きる事。

| | コメント (2)

財布

SAの駐車場に車を停めて(右隣は柱、左隣は空き)売店へ。
数分後売店から帰ってきたところ、左隣に車が1台。その車の
運転席のドア下に、分厚い長財布が落ちているのが見えた。

 一瞬考える。

おそらく、隣の車のもの(違う可能性はある)。

とても分厚い長財布だったので、手に取るのも嫌。
手に取ってエレベーターに乗って、3FのSA管理人室に届ける間
に持ち主に会うのも嫌(その場合、ややこしい時間が過ぎる)。
落とし物とは言え、他人の財布を触る時間は最短にしたい。

 0.5秒ほど悩んで、

財布をフロントウインドウの上(運転席目の前の絶対見える場所)
において、悪意の他人が来ないようしばらく監視する事にした。
待つ程もなく、車の運転手が帰ってきて、
車に乗り込み、
財布に気がつき、
慌てて財布を回収した後、
一生懸命財布の中を見ていた。

最初に考えたように、
たまたま車の間を通った誰か他人の財布だった可能性はあります。
その場合、この車の運転手は管理人室に持っていく(性善説)
はずなので、今回は本人の物だったと信じたい。

財布の中身を確認している姿を横目に見つつ、駐車場を出発。
これは、財布を拾ったときの正しい手順では無く、
他人に責任を押しつけた良くない手順。

| | コメント (0)

AED

仮定の話です。

私の目の前で、見知らぬ女性が突然倒れたとする。
すぐ側にAED装置があったとしても、
見知らぬ女性にAEDは使えない。
人前で胸を見せたとか、
無駄に触ったとか、
あーだ、こーだ、のトラブルが怖すぎる。

顔見知りの相手なら、覚悟の上で使える。
他人は無理。
何が起こっても訴訟にならない「保証」がないと使えない。
もしそうなれば、誰に対してでも、誰でも処置出来ます。

そう言う声を届けないと駄目だと思いつつ受けたAED講習会。
相手が人形なら、何でも出来る。

| | コメント (0)

修学旅行の目的

発掘された38年前の「修学旅行のしおり」によると、
高校生の修学旅行には、
こんなに壮大な目的があったらしい。

20世紀少年の映画並み。

まあ、映画と同じ世代だからその通りなのだけど、
(1964年の東京オリンピック生まれ)

1905194

| | コメント (0)

糸切りハサミ

糸しか切らないハサミでも、
使えば刃先が摩耗し、
切れ味が変わってくる。
研いでも寿命はやってくる(運命)
これが糸切りハサミの代表形状。

対して、
ハサミに限らず、100円ショップの製品は、
「100円で利益が出る見た目同じ製品群」
ハサミの目的は「物を切る」ですが、
100円ショップのハサミは、
目的が違う別の品。
切れようが切れまいが、どうでも良い。
100円で売れて利益が出れば良い。

良い仕事をする為には、
良い道具を正しく使うのは鉄則。

| | コメント (0)

五感

頑張れトヨタ(プリウス)。
トヨタ様なので、車は訴訟に耐える機械構造。
主なるプリウス案件は、操作ミスをプリウス責任
にしたい人が多い(一定数の不具合は含む)。

以下、老化しても乗れる車の重要2条件。

<その1>
目を閉じてシフトレバーを触り、
変速位置が解らない車には乗っていけない。
目(メーターパネル)だけのシフト位置確認
だと、間違える可能性が格段に上がる。
レバーの位置とメーターパネルの2つになると、
間違いは減る。

<その2>
シートポジションを調整済みの自分の車の運手席
に、目隠しをして座り、
ハンドルを手に持って、
ペダル位置は確認せず、
全力でブレーキを踏む。

ブレーキ以外のペダルに足が当たる車は止める。

シートポジションが悪い代名詞の古いminiの場合、
斜めのシートに座って、傾いたハンドルを持つと、
全ての場所が解るので間違えない。
シートに正対しているから良いという話とは少し
違うところがある。

良い動作連携の代表はウインカー。
レバーの操作(レバーの位置が変わる)→動作音
→メーターパネルにランプ点滅。
手、耳、目 必ず3つ使う仕組みが大切。
という当たり前の話。
例えば、MT車の運転変速操作は正しくて、
目(速度計)耳(エンジン回転)→足(クラッチ)
→手(変速)→足→耳 という確認。
MT車が安全という所以は確認作業が多いからです。

手も耳も目も老化するので、五感を全部使っても足りない。

| | コメント (0)

出来が悪い

NAロードスターの良い部分は、
アクセルを踏んで加速する際、
「頑張ってるぜ~」
「でもこれが目一杯だぜ~」
「頼む、エアコン切ってくれ」
「クラッチはきちんと踏んでくれ」
「シフトレバーは丁寧に操作してくれ」
 などなど、
色々なものが直接運転手の体に訴えてくる。

ゴルフだと、日常では常に操作した通りに動くので、
限界を感じたとき、「え、ここ?」と、不思議に思う
ときがあります。そのときは突然訪れる。
ゴルフ1.2L、1.4L、2.0Lに乗り比べると解るのですが、
時速60km/h位までの街乗りだと差は感じません。
2.0Lだけはステアリングギアボックスが違うので差が
ありますが、1.2と1.4は同じ。
排気量の性能差が出るのはもっと上の速度。
サスペンション構造の差がわかるのも速度域は上。

NAロードスターの場合、色々な限界を感じる前に、
「もう無理だ」
「止めようぜ」
「ここまでだな」
の声が聞こえるので、
「お互いによく頑張った」と褒めて終わる。

たぶん、
これが、
「出来が悪い子ほど可愛い(意訳)」ってやつです。

| | コメント (3)

SurfacePro

SurfaceProを使えば、
SurfacePen対応なので、打ち合わせの際、画面に
簡単にメモ書きできると思っていた(本気で)。

現実の打ち合わせは、CADを開いているのでPenは
非常に使いにくい。
と言うか、ほぼ使えない。

 ・

その状況でデジタルメモを作成する事に拘ると、
別のデバイス(iPad)を持ち込むしか手が無い。
となると、
出張作業にSurfaceProを使う理由が完全に消え去り
結果的にノートPCの方が便利という結論に至る。
車の中で使う場合も、
キーボードを付けてスタンドモードにすると、太ももに
アルミ板を立てるという理不尽な形状になる。
ひょんな拍子でキーボードが外れるのも問題。
 ・
SurfaceProというタブレットデバイスで、
便利になった人ってどんな業種なんだろう?謎だ。

| | コメント (0)

遺作

Tony Scott監督のUnstoppable(2010)
徹頭徹尾ベタな展開の作品だが、好きな作品。
同監督が前年に発表した鉄道映画、
The Taking of Pelham 1 2 3(2009)も良い。

 ・

Unstoppableは現実にあった事故をたたき台にして、
いろいろ装飾し映画に仕上げた作品。
追加された代表的なシーンは、
転倒機(脱線機)を使用するシーンとか、
無駄にパトカーを壊したり、
警察官は全員馬鹿みたいな描写をしたり。
大曲の先に危険物がいっぱい有る設定にしたり。
現実はコーナーを曲がらなかったけれど、曲がりきったり。
Denzel Washingtonは走行中の列車の屋根を走ったが、
当然そんなことはしていない。
ヘリコプターから人を降ろそうとして事故になったこと
もない。

いろいろ丁度良いさじ加減の作品。

 ・

初めて見た彼の作品は「Top Gun」
最後に見た映画は「Unstoppable」これが遺作。

Tony Scott監督は、自殺してしまったので、
残念ながら新しい作品はもう見られない。
最後の2本は自殺に至る作品といわれると、
納得してしまいます。(勝手な思い込み)

例えば、
「野獣死すべし」を書いた大藪春彦の遺作は、
「呆けたな?おかしいぞ?」と誰もが感じた作品。
相変わらず評論家先生達は絶賛していましたが、
どう読んでも常人の文章では無かった(途中終了)。
作品を作る商売は、常にそう言う面を持っている。

他人事はさておいて、
私の遺作は何に成るのだろう?
死は常に目の前にあるので、毎日が遺作の製作ともいえる。

この文章にならない事を祈る(冗談では無い)。

| | コメント (0)

«頑張れマツダ