片付けは難しい
極論、片付けは残り時間の無駄遣い。
実家にお坊さんが来訪。
お坊さんは予告なく来るので、
実家の片付けが間に合っていない時は大変。
見えている仏壇までまっすぐ歩けない。
嫁さんは「片づけるの手伝うならいつでもするけど」
と言うが、私は「片づけを手伝うのは駄目だ」と言
っている。
その理由は単純、
30数年前に昭和元年の古い実家を壊したとき、
壊す前に必要が無いものを選別して捨てまくって片
づけしたのだけど、今だに母親は「**を捨てた」
と文句をいう。
しかも「そんなものは無かった」にも関わらず
「あった」「捨てた」と言う。なので、
「二度と片付けは手伝わない」
「死んだ後で考えるから好きにして」と言っている。
もし近所迷惑になったら介入する。
片付けを簡単に語ることが出来るのは、
しょせん他人事だから。
当の本人には「答えが出せないものが多い」
だからゴミが溜まる。何せ本人にとってゴミではない
のだからどうしようもない。
・
片付けと言えばかたづけの魔法で有名なこんまりさん。
こんまりさんが片付け業界で成功したポイントは、
ゴミの選別を全て本人の感情依存にしたこと。
**を捨てるなどという品名指定してしまうと、
それが大切な人に受け入れてもらえない。だから
感情で選別。その感情をまるで宗教家の洗脳の如く
説くから文句がでない。
駄目だったとしても100%本人責任(笑)
本人が選別なので後に「こんまり」さんに文句は
言えない。
それも、「ときめく」などと言う感情的で曖昧な
言葉で選別させるのだから「あざとい」仕組み。
どんなときにも単語選びは重要だと痛感。
片付けに時間を使うことは残り時間の無駄遣い。
明日生きているかどうかも分からないのが人間。
死んだら何されても分からないのだから大丈夫。
ゴミとか遺産は残して良いが、負債は残すな(笑)
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