城下町の作り方
松山城の法面が壊れた土砂崩れ災害。
城壁外に作った緊急車両用道路が傷んで路面がひび割れし、
道路全体が傾いてきたたので、1年前から工事申請を関係各
所に通してやっと今年法面補強工事が出来るようになった。
緊急車両専用道路を支えている擁壁を除去したのが7月上旬。
古い擁壁を一度解体したので、水が多量にしみこまない様に
ブルーシートをかけていたとの松山市の発表。
そして先日の雨続きで崩落。
上空写真を見ると、正しい場所に正しく土砂が流れている。
松山市は文化庁に道路修復工事を急ぐことを訴えたが、
文化庁の発表は「緊急性は聞いていない」というお役所回答。
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松山城は数少ない残存天守閣の一つ。
観光用に作った「城に良く似た建物」とは話が違う当時物。
「文化財のお城」なので松山市が自由に工事ができる訳で
はなく、文化庁等に色々なお伺いは必要だし、工事中に何
かが出てきたら教育委員会が登場して工事を止めるのもお
約束。
お城の工事は自然以上にややこしい利害関係の上で成立して
いるややこしい話。
そもそも論として、
城山は堀を全周残して堀の内側には住居を作らないという
昔の形が理想。それなのに人はどんどん山に寄って住居を
作っていった。
何故だろう?
今回の場所も、山の北側なので乾きにくく南側に比べて土砂
崩れの可能性は高い場所。
崩れたあとの写真をみると崩れるべくして崩れた感じ。
松山城の南側は上手に制限しているのに、北側が無茶苦茶な
状況なのは何故だろう?
謎が残る。
もしかすると、
大きな声で公式には説明できない昔の成り行きがあるのかも
しれません(妄想)
松山に限らず、城山の周りは、土砂崩れ対策にもなる十分な
サイズのお掘りが全周にあり、お掘りの内側に一般人の住居は
建てられない形が理想。
仮に土砂崩れしてもお堀が埋まるだけ。
現場写真をみると、家を建てちゃいけない場所の様に見える。
昭和40年代~昭和末期までの分譲開発地は本当に危ない所が多く、
開発業者は開発後あっという間に消えて賠償請求先もない。
そもそも当時安全に配慮して開発されたかどうかすら分からない。
今回の場合は松山市が対応してくれるので幸運。
もし大規模太陽光発電設置原因だったとしたら泣き寝入り案件。
城下町の理想的な作り方は建築当時の姿かもしれない。
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